これまでに、二度の大きな断捨離がありました。
一度目は、子どもたちが独立したあと。
二度目は、今住んでいる街に引越してきたときです。
そのたびに、家の中のものを見直して、たくさんのものを手放してきました。
一度目の断捨離は、物の量が、いちばん多かった時期です。
昭和の婚礼家具、子どもたちが使っていた古い家具、長く使ってきた本棚など。家の中で場所を取っていた大きな物たちの役目を、見直す時でした。
夫婦ふたりの暮らしには、明らかに多すぎる。でも、自分たちの手では運び出せない大きさです。
業者さんに頼んで、まとめて処分してもらいました。トラックに積み込まれていく家具を見ながら、寂しさよりも、不思議とすっきりした気持ちが大きかったのを覚えています。
ものを減らすことで、これからのふたりの暮らしの形が見えてきた、そんな感覚でした。
二度目は、引越しのときです。
新しい家に運ぶものを選ぶ作業は、もう一度の断捨離でした。
「これは持っていく、これは置いていく」を、ひとつずつ決めていく。一度目で大きなものはなくなっていたので、今度は細かいものとの向き合いです。
食器、本、衣類、雑貨。「これは新しい家に必要か」と問いかけると、答えは案外すっきり出ます。
新しい場所での暮らしを想像しながら、自分にとって本当に必要なものだけを選んでいく。引越しは、暮らしを見直す絶好のタイミングだったと思います。
二度の断捨離を経て、家の中はずいぶんすっきりしました。
それでも、最後まで手放せなかったものがあります。
子どもが小さかった頃に読み聞かせていた絵本。家族のアルバム。
絵本に関しては、何度も「もう手放そうか」と手に取って、結局元の場所に戻しました。捨てられないものは、捨てられない。
なぜ、これだけは手放せないのか。考えてみると、代わりが見つからないからだと気づきました。
家具なら、また買えます。服なら、新しいものを揃えればいい。でも、読み聞かせた絵本やアルバムは、世界中のどこを探しても、同じものが手に入らない。
絵本は、新しいものを買うことはできても、子どもと過ごした時間を読み聞かせていた、あの絵本は、世界にひとつしかありません。
アルバムも同じです。同じ写真を取り直すことは、絶対にできない。今そこに写っている顔は、もう二度と戻らないあの瞬間の顔です。
そう気づいたときに、少し肩の力が抜けました。
ものを減らすことばかり考えていると、「これも捨てなきゃ」「あれも処分しなきゃ」と、気持ちが追い立てられて、疲れることがあります。
でも、捨てる必要のないものもある。残していいものは、残していい。
物と向き合うことは、減らすことが目的ではないのだと思います。
本当に大切なものを、自分の中で確かめるためのプロセス。
たくさんのものに囲まれていると、何が大切なのかが見えにくくなります。少しずつ減らしていくうちに、「あ、これだけは手放せない」と気づく瞬間がある。
その瞬間に、自分にとって本当に大切なものがはっきりしていきました。
絵本とアルバムは、今、本棚と押し入れに静かに眠っています。
ふだんは見ません。でも、ふと思い出して開くことがあります。絵本のページをめくると、子どものらくがき跡が残っていたりします。アルバムの写真を眺めると、あの日の空気がふっとよみがえる。
そういう時間を、これから先も持ち続けたい。だから、これからも手放さないのだと思います。
ものは減らしました。でも、減らしたぶんだけ、残ったものの輪郭がくっきりしてきました。
減らすことよりも、残すものを大切にすること。
それが、わが家の断捨離の落ち着いた場所です。
こちらもどうぞ

