時間の無駄が、きらいです。
誰かの噂話を聞かされている時間、行列に並んでいる時間(ディズニーランドは別)
こういう時間は、後から振り返っても、自分の中に何も残っていません。
悪口などは聞き流しているつもりでも、頭の片隅には誰かの悪意の断片が残っていたりします。これが気持ち悪いのです。
テレビは、もともとほとんど見ません。ニュースもワイドショーも、見なくても困らない。大事なことは、どこからか自然に耳に入ってきます。
時間の無駄を避けたい、というのは、けちくさい話でもなく、仕事をバリバリしたい、という話でもありません。
残りの時間で、自分が大切にしたいものに、ちゃんと時間を使いたい。それだけです。
では、私が時間を使う価値があると思うことは、何か。
外に出て、花や木を眺めて、季節を感じること。桜でも、紫陽花でも、落ち葉でも。ああ、今こういう季節なんだ、と目や鼻や皮膚で受け取る時間が好きです。
電車に乗って、流れる風景を見ること。目的地に着くまでの時間が、私にとっては「何もしていない贅沢な時間」です。窓の外をぼんやり眺めているだけで、頭の中が静かになっていく。
好みのインテリアのカフェに入って、その内装を見ること。椅子の形、照明の色、壁の素材。自分の家にはない空間に身を置くだけで、気持ちがふわっと広がります。
おいしそうなケーキを見つけたら、写真を撮ること。食べる前に、その一皿を記録しておきたくなる。
年に何度か、近くのホテルに一人で泊まります。いつもと違うベッドで、いつもと違う朝を迎える。それだけのことが、なぜか特別な時間になる。
家では、日記を書くこと。その日あったこと、感じたことを、誰にも見せない場所に書きつけておく時間。
書店をうろうろして、「世の中にはこんなにいろんな世界があるんだ」とワクワクすること。買わなくてもいい。ただ歩いて、背表紙を眺めているだけで、自分の世界が少し広がる気がする。
こうして並べてみると、気づくことがあります。
私が時間を使う価値があると思っていることは、特別な何かを生み出しているわけではない、ということ。生産的でもないし、誰かの役に立つわけでもない。
ただ、自分が気持ちよくいられる時間を、自分で選んでいる。
でも、それが一番大事なことのような気がしています。残りの時間を、機嫌よく過ごすために、何に時間を使うか。これは、自分で決めるしかないはずです。
私には、悪口に使う時間はない。
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