書店をうろうろする時間

ひとりの時間

書店は、何かを買いに行く場所というより、眺めに行く場所です。

目的を決めずに、入ります。

エッセイの棚の前で立ち止まったり、雑誌コーナーでパラパラめくったり、文庫の新刊を並べた平台を、端から端まで見ていったり。

何を買うかは決めていないし、何も買わずに帰ることもあります。それでも、書店にいる時間そのものが好きです。

一番わくわくするのは、自分が普段まったく触れない世界の本を見るときです。

物理の本。宇宙の本。人体の本。難しそうな経済の本。こういうコーナーには、自分が開いても何も理解できないだろう本が並んでいます。

それでも、表紙を眺めているだけで、世界は広いんだなあ、と感じます。

宇宙の本の表紙には、私が一生見ることのない星雲の写真が使われていたりする。人体の本には、自分の体の中で毎日起きている出来事が、図解で載っていたりする。経済の本の帯には、私には一行も理解できない言葉が並んでいる。

でも、それでいいです。むしろ、わからないから楽しい。

自分の普段の生活とは無関係な世界が、こんなにたくさん存在している。

この世界のどこかで、物理を一生かけて研究している人がいて、宇宙を観測している人がいて、経済を動かしている人がいる。そういう人たちが書いた本が、自分の目の前に並んでいる。

この感覚が、私は大好きです。

自分の小さな日常の外側に、広大な世界が広がっていることを、書店に行くと思い出せる。

大きな書店は、それだけで楽しいです。フロアが広くて、ジャンルも豊富で、一日いても飽きない。たくさんの本の背表紙を見ているだけで、頭の中がうずうずしてきます。

でも、こぢんまりした書店も、また別の楽しさがあります。店主が選んで並べた、個性的な本のラインナップ。ここでしか見かけないような、少し変わった本が置かれていたりする。

そういう書店を街で見つけると、ちょっと嬉しくなります。

「この人は、こういう本を大事にしている人なんだな」と、店主の顔も知らないのに、なんとなく伝わってくる。

買って帰ることも、もちろん多いです。目的もなく入ったのに、気づけば数冊手に持っている。

家に帰って、買ってきた本をすぐに読み始めることもあれば、しばらく積んでおくこともあります。

でも、積んでおくのも悪くない。「いつか読む本」が家にあるというだけで、少し楽しい気持ちになります。

書店に行く時間は、私にとって、世界の広さを思い出す時間です。

何も買わなくても、その時間だけで十分に、元を取っています。


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